コルクはエージェント業を名乗る出版業界の集団だ。作品づくりの伴走をし、映像化や商品化といった派生するビジネスをさばく。日々の業務は編集者のそれだが、佐渡島さんにいわせれば、そのスタンスも一線を画すという。
「編集者は作品単位でものを考えますが、僕らは違う。僕らはひとりの作家の10年先、20年先を見ています。そんな思いを鮮明にしたくて、あえてエージェントを謳った。エージェントって日本語に訳せば代理人ですからね。僕らは作家の代理人として、作家の側に立つ」
会社にいて、がっぷり四つで作家と膝突き合わせるのは物理的に不可能だった。いずれ偉くなったら思いどおりの組織をつくろうと考えていた佐渡島さんだったが、人はいつ死ぬかわからないという締念がある日去来して、独立を決意する。
「ぼくを信頼し、手を組んでくれた作家にノーベル文学賞をとってもらいたい。それにはまず、海を越えなければならない。そのためにはプラットフォームをつくる必要があった。実は海外ではエージェント業はありふれた存在です。彼らとうまく協業して所属作家の世界での価値を高めたい」
そうやって一歩一歩階段を上っていけば、いずれマンガがノーベル文学賞をとることだって夢じゃないかも知れないと語る佐渡島さんのスケールは、たしかに既存の枠には収まりそうもない。
「コルクはワインを世界へ届けるために欠かせないパーツです。僕が惚れ込んだ作品を広めたくてコルクと名づけました。判型というボトルの種類で値段が決まってしまう本のあり方に忸怩たる思いもありました。ワインはどのような畑で、どのように育てられたかで評価が変わりますから。聞き慣れないビジネスは往々にして警戒される。やわらかな響きもポイントです(笑)」
出版業界の斜陽がいわれて久しいけれど、それはあくまでハードの問題であり、ソフトの問題ではない。佐渡島さんもまた、出版コンテンツの未来を信じるひとりだ。
「コンテンツとは心に訴えかけてくるものです。ディズニーランドで遊んだり、風光明媚な宿で過ごすのとは異なるポテンシャルが、本にはある。出会って人生が変わるほどの感動は、本の醍醐味です」
コルク丸の船長は
マンガの主人公になりそうだった
「作家は書いて、描かないとだめだと思う。手を動かし続けていると、手が気持ちいいと感じる瞬間が訪れる」
そう作家論をぶつ佐渡島さんだが、自身はメモをとらないし、頭の整理にノートを利用するようなこともしない。最近とみに増えた講演依頼で壇上に立つときもなんの準備もしない。頭のなかにあるものをテーマと尺に合わせて構成しなおすだけという。
「いってみれば、脳がノート。脳に書きつけるんです。忘れたってかまわない。忘れてしまうってことはたいした発想じゃなかったということです。面白いと思ったものだけが残るでしょ。残ったものは繰り返し考えるでしょ。そうするとアイデアに深みが出る」
黒板をノートにとるのが苦手な子どもで、どんなにがんばってもものの数カ月で挫折したという。それはよくある話で、たいていの子どもはそういうさまざまな試練を乗り越えて忍耐力などの大人の素養を身につけていく。ところが佐渡島少年は敷かれたレールに頓着しなかった。そのせいか、スタッフのあいだでは空気が読めず、気配りができないなんて思われているらしい。これ、あながちネタではないようだ。
壁面いっぱいのポストイットがスタッフとのコミュニケーション・ツール
くだんの羽賀さんは『今日のコルク』というコルクの日常を伝える漫画を定期的にアップしているのだが、そこには贈り物のスニーカーがうれしくて、雨の日にもかかわらずそのスニーカーに履きかえて打ち合わせに走り去る佐渡島さんが描かれていた。見送る女性スタッフが無邪気な三歳児に接するときのように母性本能を出しまくっていたというオチだった。
デスクの隅っこで見向きもされなくなったり、なくすことがわかっていても、プロダクトとしての魅力を感じてしまうと、ついペンや手帳を買ってしまうのも、そんな佐渡島さんらしい。
安定した収入を捨て、自分が本当に面白いと思えることに飛び込めたのは、いうまでもないけれど、この無邪気さがあったからだ。
会社の理念をずっと考えていた佐渡島さんだが、「4つあったはずだけど、1つ、どうしても思い出せない(笑)」
Profile
- 佐渡島庸平
コルク代表取締役社長
2002年に講談社に入社し、週刊モーニング編集部に所属。『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)、『モダンタイムス』(伊坂幸太郎)、『16歳の教科書』などの編集を担当する。2012年に講談社を退社し、クリエイターのエージェント会社、コルクを設立。現在、漫画作品では『オチビサン』『鼻下長紳士回顧録』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)、『テンプリズム』(曽田正人)、『インベスターZ』(三田紀房)、『昼間のパパは光ってる』(羽賀翔一)、小説作品では『マチネの終わりに』(平野啓一郎)の編集に携わっている。
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