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FANTASISTA UTAMARO × MARK’S 「日本の文化に貢献できているか?」 自問しながらニューヨークでプロジェクトに取り組む、 ファンタジスタ歌磨呂からのメッセージ。

ニューヨーク・ブルックリンを拠点とし、アーティスト、クリエイティブディレクターとして幅広いジャンルで活動するファンタジスタ歌磨呂氏。日本産ポップカルチャーを核としたクリエイティブで、あらゆる視点から文化の価値を掘り起こし、その輝きを拡散・増幅させるべく、日々、制作と発表を続けています。今回、マークスとのコラボレーション商品に際して、歌磨呂氏の今をお伝えします。



・アート、デザイン、映像など、さまざまなジャンルで活動されています。活動を通じて表現したいことは何でしょうか?

引越しの多い幼少時代の自分にとってのコミュニケーションツールが「絵を描くこと」でした。自分のことを忘れて欲しくないという理由から友人に絵を描いたら、その友達は「絶対に僕のことを忘れない」と泣いてくれました。

いじめっこにも絵を描いてあげると、優しい顔で喜んでくれました。その時、絵は人を幸せにするんだ。と子ども心に感じました。それ以来、同じことをずうっと続けています。

そういった自分の環境から「自分の場所」に強く、客観的に意識をしながら成長していくのですが、日本という環境が概して海外志向だなと感じるようになり、輸入文化に疑問を持ち始めていきました。自分自身や自分の環境において、本当の意味でのユニークな表現とは何か?と考えるくせがついてきました。

そして、絵に関わる将来にするために美術大学へ進学しました。自身の創作を、国内、国外という概念ではなく、言語を超えて360度に向けて、自分自身から世界に直接発信できるクリエイティブは何か?と考えるようになり、今の創作活動の基礎が出来上がりました。

僕自身、アニメや漫画とともに成長してきたので、世界において代表されるこれらの日本のポップカルチャーの要素を、少し違ったアングルで表現することで日本の複雑な文化の文脈を少し客観的な視点で見せることはできないか?日々その実験をしています。

そして、自身の環境を客観的に捉えて、それらを見つめて何がユニークなのか、なぜそうなったのか、と日々精神をアップデートしていくと、自分の創作の根底の中に何かホスピタリティにも近い心が穏やかになるような、優しい気持ちがあることに気づきました。

「自分が出会えた出来事や環境を大切にしよう」。

当たり前に見過ごしてきたものごとを見つめ続けると、そのひとつひとつの大切さを感じるようになっていったんです。

もしも明日この世界が終わるとしたら、誰かの評価や価値ではなく、自分自身がどう生きたか、大切なものが何なのか、と多くの人は振り返ると思います。だったら、最初から自分の環境に感謝をし続けて生きて、日々向き合う人生を選びたい、そして僕のものづくりを通じて、その人それぞれにおいて大切な存在とは何か、今一度考えるきっかけになってほしいと思い、自身の創作のコンセプトを「Celebration」としました。

ただ、祝福して迎え入れたい。良し悪しの定義で物事を決定するにはこの世界は不思議なことばかりです。

でも、「うれしい」とか「ありがとう」という人の気持ちは、何かに置き換えることはできないと思うんです。いろいろなことをぶち抜いていて、素敵な心の表現だと信じています。

今年の状況がまさにそうですが、環境によって目の前の出来事に振り回されてしまうことがたくさんあると思います。このような状況にあって、もっと根本的でほんとうに大切なことは、代えのきかない人生を僕らは生きている、ということだと思います。

このような生き方をしていると、心が削られるような出来事が日々起きます。嘘をつかれたり、利用されたり、散々なことがたくさん今まで起きてきました。基本的に今のこの世界は競争ですから、僕のような考え方は今の世の中にはなかなかフィットしないのかもしれない(涙)。

これを呪っても仕方がないので、毎朝深呼吸をして、目を瞑りじっくり立ち止まって、それでもどうにか自分からできることで、世界をよい方向へと繋ぐ橋のようにならねば、と言い聞かせています。

「想像力に限界はない」ということを強く伝えたい

・ポップなデザインを軸としたパターン表現を得意とされています。そのきっかけや、今に至るまでの経緯を教えていただけますか?

僕のもうひとつのアートコンセプトに「無限増殖する」というルールがあります。壁神のような繋がる絵柄を作り続けているのですが、これには、「想像力に限界はない」ということを強く伝えたい気持ちがあります。

この世界のすべてのものごとはフレームされてリミットがあります。胃袋も写真も、人生もです。限られているという定義の中で、初めて人の心に「価値」という概念が創出されていくと思っていますが、例えば、家族旅行の風景写真を見て、背景に大きな山が見切れていれば、人間は脳内でその場所の景色を無意識に想像していくと思います。

この山の形はこんな感じかな? 季節は春? 秋?とか、そのフレームされた写真の内側を想像していくと思うんですね。僕のパターンはこれと同じシステムで作られています。パターンの絵はキャンバスに書かれたり、スマートフォンの壁紙にされたり、ある一定のサイズで区切らなくてはいけません。

でも、絵がパターンであることが認識できた瞬間、フレームの外側にもそのパターンの続きを想像することが容易にできると思うんですよね。妄想に終わりはない、そのことが僕にとっての大切なものへの「気づき」に繋がると信じて、そのシステムを用いた創作として続けています。


決められた枠があっても、その枠にとらわれるのではなく、その枠の外側や全体像が何なのか? 自分なりに考察してみて自分の答えを見つけていく。これは僕自身の創作だけでなく、この世界で強く生きるために必要なことではないか?と今年の状況を観察していて感じるところではあります。

・人生や活動にもっとも刺激を与えてくれることは何でしょうか?

一生懸命に生きている人やいきもの(動物や自然)を見ると、胸の内側から強くて優しい気持ちがわきあがります。また、常識外れな変人に出会うと、心を洗われるような気持ちになるので、一般的に見て変な人も例外なしによい刺激を与えてくれます。

ニューヨークのアトリエは禅寺のような精神集中の場所

・ニューヨークを拠点にした理由を教えてください。

日本で15年ほどキャリアを積んでから、ニューヨークNYへ渡りました。抱えるプロジェクトの規模が大きくなればなっていく分、自身の環境をすごく窮屈に感じてしまうことが多くなっていきました。

大きな広告代理店や制作会社さんと仕事をしても、最初は見下したような態度をとっていた人が、名前がそれなりに売れれば態度を変えてくるような人が多かったり、社会に出てからは自分自身の価値基準でものごとを捉えない人が多いと感じることが、僕の創作においてマイナスになりました。

そして、僕と同じような気持ちを抱く人が少なからず同業の方たちにも存在していると感じるようになり、僕自身や僕が素晴らしいと思う才能をもう少し広い、そして違うアングルでも価値を見出せるような環境を創出できないか?と思うようになりました。

矢面に立とうと心に決め、それまで抱えてきたものを一旦リセットして、数年の準備期間を経てニューヨークへ渡りました。それからは自分が日本の文化に貢献できているかどうか? この思いを軸に自身のプロジェクトに取り組むように心がけています。


・アトリエは歌磨呂さんにとって、どのような空間ですか?

禅寺のような精神集中の場所です。プロジェクトがいろいろな国で立ち上がっているので、出張も多いですが、ニューヨークにいる時はほぼ毎日います。ドラゴンボールの「精神と時の部屋」のようなイメージです。

作品の見え方はごちゃごちゃしていますが、なるべくミニマルで心が整理され、穏やかな心持ちを保てることを意識できる空間を心がけています。


渋谷だからできることがたくさん。
渋谷から学んだことはとても大きい。

 

・今回のマークスとのコラボレーションにおける、デザインのポイントをお教えください。

僕自身のシグニチャー的なアートワークを軸に、東京に来るゲストや日本の方に向けてちょっとした日常からの心の離脱ができるような楽しい作品を心がけました。その中には辛辣なメッセージも入っていたりしますが、それも狙いであり、ポジティブかネガティブを訴求するのではなく、もっと手前の「ただ楽しむ」ということを軸にデザインを心がけました。

「ただ楽しむ」ということは、実はとても難しいことだと思うので、そうなってもらえたらそれはとても嬉しいことです。理由づけは後からどうにでもなります。正しいかどうかなんて、誰にも本来は裁けないはずなんです。だから、究極的な視点でみて、僕自身が「良い」と思うことを伝え続けるのが唯一できることかなと思い、取り組みました。

・歌磨呂さんにとって「渋谷」はどのような場所ですか?

実はMANGA CAMO(マンガ カモ)という僕のシグニチャー作品(本コラボのメインアートワーク)は渋谷のスクランブル交差点を迷彩化した作品です。渋谷にはたくさんの環境設定がされています。渋谷だからできることがたくさんあります。渋谷じゃなかったらひどく目立ってしまい、おかしくなってしまう格好のような人でも、あらゆる人が行き来する渋谷にいたら馴染んじゃうでしょう。

僕の柄もそうです。農村にそびえ立っていたら「えええええっ」てなっちゃうところが、渋谷の交差点に落ちていても誰も気づかないと思うんですよね。それもまた「大切にしよう」っていう思いから生まれています。客観的な視点で居続けることが僕はよい環境づくりの重要な要素だと信じていますので、渋谷から学んだことはとても大きいです。僕自身もニューヨークへ渡る前は15年ほど渋谷区民でした。


・「渋谷」をテーマにした作品(商品)のご説明をお願いいたします。

渋谷のギャル文化を象徴とする豹柄の中に、煩悩に塗れた渋谷の街を表現した作品などを制作しました。ぱっとみて豹柄だけどその構成要素は人のエゴでできている。エゴはある種悪いものと見られがちですが、エゴがなければ文化は生まれません。掛け言葉的な狙いで制作しました。

あとは、外国人観光客の中で大きな文化にも発展した酔い潰れたサラリーマンです。アメリカもそうですが、多くの国の大都市では路上飲酒が違法なんです。でも日本はもう無法地帯状態で、酔っ払いがストリートで酔い潰れてる光景を目にしますよね。そこに対しても二つの意味があると思いました。

道で酔い潰れるほどのストレスを抱えた企業戦士の状況を表した現象という反面、どこでも寝られちゃうような平和で安全な場所だったりもします。外国人が日本のコンビニに来たら、その漫画雑誌の数の多さに誰もが感激すると同じように、これは素晴らしい文化なのでは、と僕なりに感じ生まれたアートワークです。

・今年、国境をまたぐ移動が制限されました。もっとも困ったことは何でしたか?

単純に自身の会社経営において、オリンピック周りのプロジェクトを色々な国とやっていたり、アートプロジェクトもオリンピックに合わせて進めていたものなど、このコロナが原因で95%は頓挫しました。状況的にかなり落ち込みました。

それよりも困ったのは環境が徐々に不自然な空気を帯びていくことでした。得体の知れない不安に苛まれ、精神を病んでいく人たちを少なからず見てきました。早くこの状況が収束することを強く望んでいます。

アメリカの規制も厳しいので日本に帰るタイミングもなかなかつかめず、両親や家族がとても心配です。日本もそろそろ規制がゆるむということなので、一時帰国をして元気な姿を見せに早く家族に会いたいです。


何が僕自身の力になり、
世界に発信していくべきものなのかを日々考察。

 

・今後の活動やヴィジョンを教えてください。

SNSの台頭以降の動画配信によるインターネット文化によって、より明快な価値基準の平面化が進んでいることに非常に疑問と危険を感じています。すべてが数値化され、数字が多い=良いという定義がこのまま進んでいくと、文化において一番大切な「余白」がなくなっていくと懸念しています。

スポーツと芸術創作活動はその点で違うと思います。ランキング的な指標はもちろん必要ですが、それだけになってしまうと、中身の内容がすっぽり抜けて、人の心だけを煽るような創作が増えていき、本来一番重要な心の写鏡である芸術的表現がより平面化していくのが容易に想像できます。文化はもっと広範囲でフレキシビリティに富んでいなければ絶対に発展しないと思うんです。


YouTubeを開けば一目瞭然で、人の欲をただただ煽るようなものばかりが放物線上に増えています。これは「お金持ちだったら偉い」という懐古主義にも近い世界観を感じます。お金持ちはすごいと思いますが、お金を持っていると偉いというのは誰が決めたんだろう?って僕は思っちゃいます。

たくさんの人がこの窮屈さに気づいて、SNSやこの手のムーブメントは近い将来一旦デフォルトされるであろうと感じています。僕自身もそれを感じて、ツイッターは9年前に削除し、親孝行で始めたインスタグラムもいつしか自分の誇張表現の場所になり得ることに窮屈さを感じています。もう少し違った視点で、どのようなものづくりが僕自身にとっての力になり、世界に発信していくべきものなのか?を日々考察しています。

やはりお金も名声も環境もすべてひとつの手段に過ぎませんから、心の中身がどうあるか?が一番重要になってくるのではないかと思います。

そのような気持ちにいつでも立ち止まれるようなものづくりを、これからももっと続けていきたいと願っています。

― 2020年10月 ―


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