つまんで、食べて、恋と箸は、自分で選ぶ。
食材を「面」でやさしくはさむ八角箸。
日本に生まれたら、一生つきあうモノ。
「箸が転がってもおかしい年頃」という慣用句がある。電車の窓から見えるタワーマンションと、建築家先生が設計した大きな戸建住宅。「超セレブ」「住みたい」そう言って、まさに笑い合う平和な時間を、彼女たちは共有している。だが、ひとたび彼女が「手に入れたい」と欲望するとなると、その手段は、恐ろしく少ない。
日本に女子として生まれる、ということを「箸」とともに形容してみよう。生後100日目の「お食い初め」では、固形物を食べられない月齢から「箸祝い」をし、15~16歳の思春期になれば「なんにでも笑う」、筋力が足りなければ「箸より重いものは持たない」と揶揄される。結婚すれば、夫婦箸は少し小さく“赤い方の”箸を選ばざるをえないし、火葬されたときは、その骨は不揃いの箸によって運ばれる。まさに人生が「箸に始まり箸に終わる」。なぜ、日本に生まれた女子の人生を、箸でつまみ上げるのだろうか。箸と女子。この関係を「マルナオ」の箸とともに、紐解いていこう。
大工道具のステイタス「墨坪車」をつくる技術。
新潟県三条市を拠点とする「マルナオ」。三条市、というよりも、日本の「ものづくり」を代表する「燕三条」と言った方が、理解が速いかもしれない。この世界有数の金属加工業の生産地で、大工道具のひとつである「坪車(つぼぐるま)」の製造から「マルナオ」の歴史が始まった。
金属加工業の地で、木工業のニーズがあることは、意外に知られていない。江戸時代の和釘から始まった三条市のものづくりは、農耕具や刃物の製造に発展し、それら道具の「柄」(取っ手)をつくる必要性を生んだ。つまり、鍛冶屋だけでは道具は生まれない。鍛冶屋と木工屋がセットになって、初めて一つの道具が完成するのだ。
ノミやカンナとともに大工道具の三種の神器である墨坪(墨壺・すみつぼ)とは、建築材に基準線を引いたり、加工箇所を記入するために用いられる道具のこと。墨を浸した糸の両端を固定して、この糸を指で弾くことにより、一発で直線を引くことができる。墨汁を浸した真綿を入れる壺(池)、墨糸、糸を巻き取る墨坪車、糸を固定する軽子(かるこ)で構成され、この “ガジェット感”から「墨坪」は、神聖視されるようになった。大工は自分の“分身”として、使いやすく工夫したり、趣向を凝らしたりと、自ら手づくりしたという。その後、「マルナオ」のような専門職人が登場するのである。
職人のための職人たちが「食具」をつくる。
つまり、「職人が使う」道具づくりを、「職人として」引き受けていたのが「マルナオ」だ。使い勝手や機能性はいうまでもなく、ステイタス・シンボルとして高い装飾性も要求された墨坪車づくり。大工たちの厳しい要望に応えるために、彼らを“上回るほど”の極めて高い技術を積み重ねてきたのだ。
「マルナオ」の初代・福田直悦氏は、金沢から足踏み糸鋸機を取り寄せ、電動機に改良することにより、墨坪車の量産化に成功した。以降、二代目からプラスチック製品も世に送り出してきたが、建築需要の落ち込みや工法の多様化に伴って、新事業の立ち上げを余儀なくされる。そこで三代目の福田隆宏氏は、大工道具以外の製品開発に試行錯誤を重ね、2003年、箸の生産を開始した。墨坪車の彫刻から始まった木工品製造の高い技術力とノウハウ、そして木材に対する深い知見を、最大限に活かすものづくりが「食べる道具」に行きついたというわけだ。
木が教えてくれた「個性を活かす」材料づくり。
世の中には、乾燥した状態でも「水に沈む木」があることをご存知だろうか。木という植物は、生育地に従ってその個性を形成する。日本育ちの杉や桧、桐などのメジャーな国産材は、軽く加工性に優れることから、日本では“柔軟な”イメージを持つ木材だが、世界は広い。
「マルナオ」の箸は、熱帯地域で何百年も生きてきた「黒檀」や「紫檀」を採用している。「きわめて重厚で加工が困難」という個性が「マルナオ」の箸でもある。あえて生育地を厳選しているのは、同じ樹種によっても土壌や風土によって、その素性が変わるからだ。「黒檀」や「紫檀」の角材や板材を細く切断し、導管内の水分を抜くため、時間をかけて天然乾燥する。削っては放置することを繰り返して、材料のアバレや反りを軽減し、少しでも無駄にならないよう設計する。「マルナオ」の《材料をつくる》という哲学は、《個性を活かす材料づくり》ともいえる。
「木工屋」の技巧が施された、美しい箸。
「マルナオ」の箸は、先端の細さによりグレードが異なり、「上箸」「特上箸」「極上箸」と分けられる。いずれも先端までまっすぐに八角が続く端正な姿形は、使いやすさにこだわった結果だ。指の当たりが良い多角形を採用しながら、食材を「(箸先の)面と面で挟む」という、精緻な造作をつくり上げた。
●十六角箸/縞黒檀・235mm/マルナオ 15,120円(税込)(商品コード:MRNO-CHS01-A)
●十六角箸/紫檀・225mm/マルナオ 15,120円(税込)(商品コード:MRNO-CHS01-B)
に至っては、天(後方)の八角から十六角に変化し、また箸先に向かって八角に戻るという造形美を構築し、さらには、わずか直径1.5mmの先端に八角形を構築している。
高精度機械を使い、職人たちの繊細な手作業によってここまでの細工を施すのは、すべては《手で触り、口に入る「食具」をつくっている》という信念があるから。日本人にとって聖域でもある、「食」の分野に足を踏み入れることができたのも、技術の裏付けがあってのことだろう。
好きなモノ・欲しいモノに、箸を伸ばして。
20~30代の女性の選択基準は、「自分らしい」ことや「人と違う」ことでもなく、「失敗しない」という部分最適化だ。失敗しないファッション・失敗しない進学と就職・失敗しない人間関係・失敗しない結婚相手・・・・・。この選択は、自己の決定を場の空気に合わせた「コストパフォーマンスの良さ」が決め手であり、身の丈以上を「欲しがらない」のが今の若い女性たちだ。だが、あえて提案する。その《欲望》に「マルナオ」の箸を伸ばしてみよう。天から箸先まで、繊細に変化していく「角」と「面」からできたシャープなフォルムのユニセックス・デザイン。一目で「女性らしい」とレッテルを貼られる心配は無用だ。シンプルな純銀の象嵌が、その静謐な輝きにより木の質感を引き立たせ、箸そのものの佇まいはもちろん、持つ手にも気品を与える美しさがある。無垢の木ならではの温かな感触もいい。対象に触れているのは、「端(はした)ない」素手ではなく、箸先(の小さな面)だ。優しく、そして必ずつかむことができるだろう。