木が教えてくれる、毎日の充足感。
「置く」をデザインした名プロダクト。
豊かな森林の国に、問う。
『あなたの国に、木は生えていないのか?』
「災害大国・日本」どこかのハウスメーカーのキャッチコピーのような、このフレーズ。大きな地震と津波を経験し、毎年“過去最大級”の台風に襲われる。だが、日本に限った事態ではない。北米やオーストラリアの超大規模な山火事や、同じく毎回“過去最大級”の巨大ハリケーン。気候変動は予想以上のスピードで、確実に進行している。にもかかわらず、10代の環境活動家や世界の天才歌姫がなにを訴えようと、海の向こうで起きている環境問題への関心は「対岸の火事」。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」のが日本人の国民性なのだろうか。だが、忘れてはいけないのは「私たちは、この豊かな自然に守られている」。特記するならば、国土の2/3を覆う森林は生物多様性を維持し、産業資源としての価値は年間70兆円にも上るという、世界有数の 〈木の国・日本〉なのだ。
『あなたの国に、木は生えていないのか?』
2015年パリ最大規模の展示会「メゾン・エ・オブジェ」に出展した際、ウォルナットやチェリーなど“世界の銘木”を使った自社プロダクトについて来場者に尋ねられ、忸怩たる思いに駆られた人物がいる。「ミマツ工芸」の代表、實松英樹氏である。
隠れた家具生産地、九州・佐賀の
加飾のスペシャリスト「ミマツ工芸」。
日本一の家具生産地・大川(福岡県)を擁する九州地方。隣接する佐賀市も古くから木工業が営まれており、「ミマツ工芸」はその地に拠点を置く木工プロダクトメーカーだ。先代であり、父親でもある實松登志朗が1972年に創業した同社は、当初、家具の取手や脚などの部材に装飾を施す「加飾(かしょく)」を生業としていた。1997年、メーカーから受注した〈部品のみ〉をつくり続けることに疑問を抱きはじめた實松氏は「お客様の顔が見えない。〈製品〉をつくっている感覚がない」との想いから、初の自社製品「丸太年輪時計」の製作を始めた。「当時レーザー加工機を導入したこともあり、丸太時計の裏側にメッセージや名前を入れるというサービスを付加して」。還暦祝いなど、“節目”の贈り物として、人気を博した。「木の年輪は一つとして同じものがありません。贈られたお客様一人ひとりの人生と、意味が重なり合うギフトとして提案できました」。そしてなにより、「自分の仕事が〈喜ばれている〉という実感がほしかった」と實松氏は振り返る。
「置くをデザインする」
「M.SCOOP(エム・スコープ)」の誕生
2008年、「ミマツ工芸」は自社ブランド「M.SCOOP(エム・スコープ)」を立ち上げた。「M.SCOOPのスコープは、私たちからお客様の世界をスコープでのぞき見て、“ニコッと笑顔になれる”プロダクトを提案したい、という意味を込めています」。
自社ブランドのプロダクトは、このコンセプトを形にした。
【置くをデザインする】
スマートフォン、眼鏡、腕時計など、必ず身につけ、家に帰れば置き、また身につけて出かけるもの。これら必須アイテムに「置く場所を与える」プロダクトを開発した。「このフレーズは、すんなりと出てきませんでした」と實松氏。「それぞれアイテムを置いて初めてデザインが完成するように、さまざまな要素をそぎ落としたシンプルなプロダクトを目指しました。もう、何かわからなくてもいいほどのシンプル」と笑う。が、いざ腕時計と共にプロダクトを展示してみると、来客が「この腕時計を売っているのか」「腕時計とセットで付いてくるのか」と尋ねてくる。プロダクトへの注目が集まらないのだ。「〈置くのデザイン展〉というもので、とあるディレクターがコーディネートした催事でした。それを私は【置くをデザインする】と、コンセプトワードに “変換”したんです」。すると、今度は「なるほど」と言い、 “腕時計について”聞かれることはなくなったという。
木の可能性を広げた、部材加飾の技術。
「M.SCOOP(エム・スコープ)」は、「ミマツ工芸」が長年積み重ねてきた高度な技術と木の知識に、形を与えたプロダクトでもある。木製プロダクトでありながら「木目がデザインを邪魔しないように」と木材を “選びに選んだ”徹底したシンプルネス、フォルムの美しさと質感、ツールとしての完成度を追求して生まれた。
木は同じ種類でも個体差があるが、あえて同じに見えるように加工しているという。「アメリカ産のウォルナットとチェリー、メープル木材を使っています。そのまま使うとシンプルにはならないので、それぞれの色味を補色する程度に留め、“空間に溶け込むくらいの”プロダクトを目指しました」というそれらは、木ならではの落ち着いた上質感に個性がほどよく備わり、購入時に選ぶ楽しさも提供している。