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#05 クリエイターインタビュー自分に正直であるために、時間と心を整える
アーティスト・Ayumi Takahashiさん インタビュー 【後編】

アーティスト・Ayumi Takahashiさん インタビュー 【後編】

あでやかに咲き乱れる花々、カラフルな海の底の世界、絵画の前にひとり佇む女性……。見る者の感性を心地よく刺激するこれらのアートワークは、アーティスト「Ayumi Takahashi」さんによるもの。2024年版「ストレージイット ダイアリー」のなかでも、ひときわ目を引くコラボレーションカバーです。

中国、日本、アメリカ、ドイツなど、世界をフィールドに活躍するTakahashiさんは、現在日本を拠点に活動しています。今回は、そんなTakahashi さんのアトリエを訪ね、創作のこと、日常のこと、時間の使い方や心の整え方についてお話を聞きました。

さて、アートへの思いや手帳の活用法について伺った【前編】につづき、【後編】ではTakahashiさんのルーツをひもとき、その生き方に迫ります。

TEXT:永岡綾 PHOTO:加治枝里子

アートだけはやりたくなかった!?

アトリエに飾られている作品は、TakahashiさんやTakahashiさんの友達が描いたもの
アトリエに飾られている作品は、TakahashiさんやTakahashiさんの友達が描いたもの

— そもそも、Takahashiさんがアートの道に進んだのは、なぜだったのでしょう?

まず、育った環境の影響が大きいと思います。私は中国の大連で生まれ、小学校までを大連で過ごしたんですが、実は、テーマパークのなかに住んでいました。

— え!?

今思えば、かなり特殊な環境ですよね。私の父は工業デザイナーで、テーマパークの遊具のデザインをしていました。その関係で、テーマパークのなかの一軒家で暮らすことになったようです。1階に父の仕事場があって、2階が住まいになっていました。

そこに自宅があるわけですから、子どもの私もテーマパークの裏口の鍵を持っていました。学校から帰ると、裏口からテーマパークに入っていくんです。だから、同級生はみんな、私と友達になりたがりました(笑)。

— 毎日テーマパークで過ごすだなんて、夢のようですね。同時に、Takahashiさんにとっては、お父さまのお仕事に囲まれて育つことになったんですね。

父をはじめ、両親の周りの大人たちはみんな、何かしらのクリエイションに携わる人たちでした。アートというものがあまりに身近にありすぎて、むしろ私自身は「アートだけはやりたくない。だって、みんなやっているから!」と思っていました。

あらゆるものを見て、あらゆることを試す

— 中学校へ入学するタイミングで、日本に移られたとか?

中学から高校時代にかけては母のいる北海道で暮らし、日本の学校に通いました。その間、タイの音楽学校に通ったりもしました。タイにいたころに映画「BIG FISH」の “You can grow into a bigger fish if you swim in a bigger pond.” というフレーズに出会い、高校卒業後はアメリカの大学でアートを学ぶことにしました。結局、アートのDNAから逃れられなかったみたいです(笑)。

アートワークとともにディスプレイされた小物は、世界各地から集めたもの
アートワークとともにディスプレイされた小物は、世界各地から集めたもの

— 大学での日々はいかがでしたか?

私が通っていた大学はとてもフレキシブルで、365日、24時間オープンしていました。好きなときに創作活動ができ、自由に専攻を変えることもできましたから、絵画やイラストだけでなくテキスタイルやセラミック、プロダクトデザインなどにも挑戦しました。在学中、映画スタジオ「パラマウント・ピクチャーズ」で映画づくりに携わったことも。

アートは、自分のなかにいかに多くを蓄積できるかが大事だと考えています。だから、とにかくあらゆるものを見て、あらゆることを試しました。

「あの絵がほしい」ではなく「あの人と仕事がしたい」といわれたい

— 大学卒業後は、すぐにフリーランスとして活動をはじめたとか。

周囲の同級生たちが企業に就職するなか、自分もそうしようとは思えませんでした。小さいころからなぜか、みんなと同じことをすると不安になるんです。誰もが当たり前だと思っていることも、「それって違うんじゃない?」と疑わずにはいられなくて。

かつて1日1枚描いていたというポートレート
かつて1日1枚描いていたというポートレート

とはいえ、突然フリーランスになっても仕事はありませんから、卒業してすぐは年収50万円ほどで暮らしていました。それでも何らかの発信をしなければ、と思ってはじめたのがinstagramでした。毎日1枚、小さなポートレートを描いてアップしたんです。当時は作品発表の場としてinstagramを使うアーティストがめずらしかったこともあり、それをきっかけに仕事のオファーが入るようになりました。

それからもうひとつ、「The New York Times」での仕事もターニングポイントになりました。最初の依頼は「今から4時間以内に描ける?」というもので、しかも旅行中だったので手もとのPCのトラックパッドで描くしかなくて、ものすごくハードでした。でも、紙面に作品が掲載されたことで仕事の幅が広がりました。

— 自ら活路を開き、今のTakahashiさんがあるんですね。仕事をするうえで、大切にしていることは何ですか?

コロナ禍では難しいことでしたが、「人と会う」ことは、やっぱり大切だと思います。同じようなイラストはAIでも描けるでしょうが、私という人間は私だけです。「この絵がほしい」と思ってもらうこと以上に、「この人と仕事をしたい」と思ってもらえたらうれしい。その人が描いたということが重要で、描き手自身がブランドなんだと思います。

といいつつ、実をいうと、自分で自分をプロモーションするのが苦手です。でも、それも仕事の一部ですし、恥ずかしがるほうが恥ずかしい。今では、そう思っています。

日本を見つめ直して、気づいたこと

— アメリカで活動をしていたTakahashiさんですが、2018年、日本に拠点を移されました。どういった心境の変化があったのでしょう?

幼少期から小学校までを中国で、中学から高校までを日本で過ごしたものの、当時は、自分の生まれ育った文化よりも西洋の文化に憧れていました。それが、年齢を重ねてキャリアを積み、あらためて自分のルーツを見つめ直したときに、「こんなにも深いものだったのか」と驚きました。

そして、京都の伝統工芸の工房を訪問したのが決定打となりました。ちょうどアメリカのグリーンカード(永住権)を取得できたタイミングだったのですが、「日本へ行こう」と決めました。すぐにニューヨークの住まいを引き払い、思い立った1か月後には来日していました。

来日してすぐに信頼できるエージェントに出会えたこともあり、少しずつ日本のクライアントが増えていきました。

アトリエのそこかしこに、Takahashiさんのルーツを感じるアイテムが
アトリエのそこかしこに、Takahashiさんのルーツを感じるアイテムが

— 日本での足場を築き、こうして快適なアトリエを構えたのですね。

そうなんですが……私はずっと同じことをしていられない性分で。今の生活が快適なものになってきたら、先が見えているようで不安になってしまうんです。それで、もうすぐ京都に移住する予定です。私が来日したのは、アジアの美学や哲学に触れるためでした。そして今、京都に残る伝統工芸との新たな取り組みがはじまろうとしています。

— もしかして、【前編】でお話しされていた漆器のプロジェクトでしょうか?

そうです。伝統的な漆器をリ・デザインするプロジェクトが始動しつつあります。みんな、伝統工芸を守ろうとしているけれど、私のなかに「それって、守るものなの?」という疑問があって。今のライフスタイルに合わせてアップデートすることこそ、伝統を受け継ぐことなんじゃないかと思うんです。そして、その素晴らしい文化を海外の人々ともシェアすることで、異文化をつなぐ架け橋になれたら。そんなふうに考えています。

「直感」による選択に、間違いなんてない

— それにしても、思い立ってから1か月後に来日、というのはスピーディーですね。グリーンカードか来日かの選択はとても難しいものだと思うのですが……。

私、悩むのがいやなんです。どれだけ悩んでもどこかで結論を出すのなら、今、自分のなかにある答えを選ぼうって。衝動的といわれてしまうかもしれませんが、衝動って、何もないところからは生まれませんよね。さまざまな経験をしてきた自分がいて、だからこそ衝動が生まれるわけで。考えすぎずに、直感を信じたらいいと思っています。

— 「自分に正直でありたい」とおっしゃっていたのは、「これまでの自分を信じる」ということだったんですね。

自分に正直になって選んだことであれば、後悔することもないと思います。もしも「違うな」と思ったら、その時点で方向転換すればいいだけですから。そもそも、人生において、間違った答えなんてないんだと思います。

Takahashiさんのダイアリー。スライドジッパー付きのポケットには、付箋やクリップを
Takahashiさんのダイアリー。スライドジッパー付きのポケットには、付箋やクリップを

さまざまな文化のなかで自分を見つめてきたTakahashiさんの言葉は、とても客観的です。そんなTakahashiさんが直感を信じていることを、心強く感じました。
Takahashiさんが時間のマネージメントを大切にしていたのは、心を整え、今の自分の内なる声に耳をすますためだったのです。

昨日の記録、今日の気持ち、明日の予定を書くことで、未来が変わるかもしれません。1冊の手帳から、はじめてみませんか?

【前編】自分に正直であるために、時間と心を整える
アーティスト・Ayumi Takahashiさん インタビュー

profile

Ayumi Takahashi

米カリフォルニア州のArt Center College of Designを卒業。東京とニューヨークを拠点に活動するアーティスト。Google、L’Occitane、Nike、CocaCola、Starbucksなど、世界中のブランドとコラボレーションし、広告、パッケージ、テキスタイル、書籍などのアートワークを制作している。米国、中国、韓国などのギャラリーで展示するほか、中国にギャラリー「Box Museum」を設立し、ロサンゼルスにてお茶ブランド「Three Gems Tea」も立ち上げている。
WEBサイト:http://www.ayumitakahashi.com/